今週のお題「マイ・ミュージック」

  ある日、彼は私を部屋に呼んだ。ピアノのうえにベートーヴェンソナタ作品111の変奏を広げた。譜面を示しながら(彼はもうピアノが弾けなくなっていた)「ごらん」と私に言った。それからまた、「ごらん」と繰り返した。そして長い努力の果てに、再び「これでわかった!」とやっと言うことができた。彼は相変わらず何か大切なことを私に説明しようと努めたが、彼のメッセージは全く理解不可能な言葉で構成されていた。私が理解できないことを知って、彼は驚いたように私を眺め、「こいつは変だな」と言った。
 「一体どうしたら理解してくれるかな」と彼は言った。彼は譜面をさかさまにして、私に示した。「ごらん」と私に言った。それからまた、「ごらん」と繰り返した。彼のメッセージは全く理解不可能な言葉で構成されていた。しばらくの間があった後、またしても私が理解できていないことを知って、彼はまた「こいつは変だな」と言った。
 「一体どうしたら理解してくれるかな」と彼は言った。彼は譜面を両手でつかみ、引きちぎった。そうして床に散乱した、ところどころに音符の黒い点と、それを横切り、あるいはそれを挟み込む線が見えるだけの紙切れを指した。「ごらん」と私に言った。そして長い努力の果てに、再び「これでわかった!」と彼はやっと言うことができた。彼は相変わらず何か大切なことを私に説明しようと努めているのだ。しばらくの間があった後、またしても私が理解できていないことを知って、彼はまた「こいつは変だな」と言った。
 「一体どうしたら理解してくれるかな」と彼は言った。彼は引きちぎられた譜面を拾い、口に入れ、咀嚼しはじた。そうして、口を開け、中で噛まれてぐちゃぐちゃになった譜面を指で示した。「ごらん」と私に言った。それからまた、「ごらん」と繰り返した。彼は相変わらず何か大切なことを私に説明しようと努めたが、彼のメッセージは全く理解不可能な言葉で構成されていた。しばらくの間があった後、またしても私が理解できていないことを知って、彼はまた「こいつは変だな」と言った。
 「一体どうしたら理解してくれるかな」と彼は言った。そうしてピアノの上にのって、逆立ちをした。「ごらん」と私に言った。そう言って彼は口から短い糸をだした。「これを引っ張ってごらん」と彼は言った。私がそれを引っ張ると、譜面はいつのまにか万国の旗になっていて、糸に吊り下げられてカタカタとでてきた。それはいつまでも出てくるのだった。それからまた、「ごらん」と繰り返した。彼は相変わらず何か大切なことを私に説明しようと努めているのだ。しばらくの間があった後、またしても私が理解できていないことを知って、彼はまた「こいつは変だな」と言った。
 「一体どうしたら理解してくれるかな」と彼は言った。彼はピアノの上から逆立ちのまま腕を使いジャンプして窓に突っ込んだ。窓ガラスが砕ける音とともに、激しい衝撃音が響いた。私がガラスがすっかり砕け、ほとんど木枠だけになった窓から下を見ると、彼は口から血を吐きながらも、「ごらん」と私に言った。ごほっ、と彼は咳き込んで新たな血を口から噴き出した。それからまた、「ごらん」と繰り返した。そして長い努力の果てに、再び「これでわかった!」とやっと言うことができた。