ぼくと幽霊

「私はドアノブをつかむと静電気がバチッとくるやつになったことがない‥」
先月からずっと僕の家に現れ続けている幽霊がそう言った。
「そうですか、それは羨ましいですね」と僕は答えたが、幽霊は無視して「それから、冷たいものを食べると頭がキーンと痛くなる、というやつにもなったことがない‥」と呟いた。
「そうですか、神に愛されてますね」と僕は答えたが、幽霊はこれにも返事をしてこない。
「あなた幽霊の癖に人間を無視するってなんなんですか!?」と、とうとう僕はブチ切れた。なにしろ初めて現れたときからこいつは僕のことを無視しているのだ。
すると急に幽霊が僕の眼を見てきたので、その瞬間僕の心には猛烈な恐怖心が襲来したという(だがちょっぴり嬉しくもあった)。
僕が固まっていると、幽霊は僕から視線を外して、「なにがキーンと、だ」と呟いて床に唾をはき捨てた。僕は幽霊を見続けていた。しばらくすると、幽霊の身体はゆっくりと透明度を増していき、僕の視線は彼がいたはずの場所から、後ろの壁に移動していった。「Oh、リアルフォトショップ‥」と僕は思わず呟いた。
僕が床に光る唾を、物凄い嫌な顔をしながらトイレットペーパーでふき取っていると、家の中で放し飼いにしてあるセキセイインコが、「なにがキーンと、だ」と囀った。
それから一ヶ月近く、僕はインコが幽霊と同じ事を喋るのを聞く破目になったのだ。

(初出:フリーペーパー「からだのこと」一号http://www.facebook.com/karadanokoto?sk=wall、一部改稿)