今週のお題「この春、買ったもの、欲しいもの」

  「バイアグラ」は、「バイアグラ連合共和国」という正式名称を持つ国家である。この国の人々は、春になると虚ろな目でそのへんをうろうろしはじめる。春が大嫌いな国民性なのだ。バイアグラでは季節は三つしかなかった。「春」という言葉はこの国には存在しない―それがバイアグラ国民の季節観だった。バイアグラでは桜の木が目の敵にされていた。「逆花見」という風習がこの国では四月になると行われ始める。桜の木の下で散々にその桜の悪口を言い、故意に酔っ払って桜の木に吐いたりする風習だ。また、この国では気象予報士は「開花予報」を不機嫌に呟く。「暖冬のため、例年より早く桜が咲いてしまうことでしょう」と言って予報するときに雲を指したりする棒をへし折るのだった。
 現在のバイアグラ大統領は、桜の木をすべて切り倒す、という公約を掲げ、選挙に勝ったのだった。理性に訴えかけるよりもよりも感情に訴えかけることこそが政治の秘訣である―アメリカに留学した経験がある大統領は、そのことを知悉していた。この国には、某国が無理やり桜を買わせていたのだ。国家としては、軍事的、経済的従属関係にある某国の意向に従わざるを得ない―そこが難しいところだった。だが公約に掲げた以上、実行しないわけには行かない。そうしなければ支持率が低迷することは間違いなかった。
 大統領は、この公約を実行にうつし、桜の輸出を禁止し、切り倒し始めた。「自然破壊だ」として国際的に非難された(だがそれは桜の輸出を止めたことに対する先進国の名目上の非難だった)が、国民は喝采した。
 しかし、次の年の春になると、国民はまた虚ろな目でその辺をうろうろするのだが、その虚無感をぶつけるものが何もなくなったことに気がついた。国民はうろうろしっぱなしだった。街中で、人々はみんなぶつぶつ独り言を言うようになった。「生温かい‥」「生温かい‥」とそれぞれ呟いていた。こうして毎年春になると国の経済が破綻する様になったので、止むを得ず大統領は再び桜を輸入し始めた。こうして再び「逆花見」の風習がよみがえり、桜の木は吐瀉物を養分として、綺麗な花を咲かせるようになったのだった。
「やっぱり春といえば桜だよな」と大統領は言ったという。