今週のお題「この春、買ったもの、欲しいもの」

首売り
本所割り下水のほとりを、「首売ろふ首売ろふ」と、せつて歩くを呼び込み、「首はいかほどじゃ」「一両でございます」「それは下直なり」とてお求めなされ、正宗の刀を出され、土壇場へ連れ行きしに、首売り、身をひねり、袂より張子の首を投げ出す。「己が首をととのえたぞ*1」「私が首は、看板でござる」
*1お前の首を買った。
(安永期小噺本集「楽牽頭」、岩波文庫


 首から看板をぶらさげた男が道を歩いていた。看板には、「私の首を三十分以内に切れた方には、一万円差し上げます。料金一回千円」と筆で大書されていた。やくざ風の男がそれを見て「お前の首をもらおうか」と言った。「ありがとうございます。一回千円になります」と首売りは微笑んだ。男は路地裏に連れ出し、首売をしゃがませた。男は正面からドスを取り出して首売りの首を引いた。だが首が落ちる気配はない。「何故だ」男は言って、より力をこめて引いた。だがドスは首を切り落とすどころか、少しも動かなくなったのだ。「筋肉で止めやがった!?」と男は呟いた。「後二十分です」と首売りは言った。男は苛立って、ドスの柄に足を乗せ体重を思いっきりかけたり、両手で引いたりしたが、全て徒労に終わった。こうして時間切れになり、千円札は首売りのものになったのだ。
 「一体どうなっているんだ」と影から様子を伺っていた男が出てきて、訪ねた。「それは企業秘密さ」と首売りは言った。だがある日、首売りがいつものように歩いていると、近くにいた子どもが、不意に看板を持ち上げた。その拍子に、首売りの首から看板が外れた。途端に首売りの首はぽろっと落ちて地面に転がった。「首は体ではなく、看板の方とつながっていたというのか‥」と影から様子を伺っていた男が呟いた。