長野県知事選挙

こういうことは書きたくないけど、腹が立って仕方がないので書くことにしよう。
今回の田中康夫氏の敗北は、日本人がいかに「公共性」という概念を理解していないかを示す格好の事例である。公共性とは、乱暴に言えば利害関係を共有しない他者、組織に対していかに配慮するか(共感可能性)、という問題に他ならない。例えばロンドンを一日でもいいから歩いてみよ。肩が少しでもぶつかったら何故彼らは「I`m sorry」とすぐにいうのか、あるいは夜中すれ違っただけの人に何故挨拶するのか。それは自らと関係の無い他人だからこそそうするのである(*1)。(無論公共性という概念にも、どこからどこまでを他者として線引きするのか、対象とするのはコミュニティか個人か、という議論はあるが、それは今回は置いておく)日本にあるのは公共性ではなく「みんな同じ」という世間の感覚であり、近年これが崩壊したので(そしてそれに代わる公共性はちっとも確立されないので)自分と関係の無い者には、だれも謝らず、挨拶もしない(駅のホームから女性が転落したとき助けたのはどこの国の人だったでしょう?)というすばらしい社会になった。そんなわけでアノミーに陥っているわけだが、公共性の前提である「個人」という概念が徹底的に誤解されているこの国で、このような態度変更を望むのは不可能に近いかもしれない。早くこのことに気がつけば楽になれるのに、よくわからないなあ。
田中氏の「脱ダム宣言」や「脱記者クラブ宣言」はまさにこのような公共性から発せられた理念だったではないか。そして口先だけで「改革」を唱える偽善者たちに欠けているのは、まさにこうした視点ではないか。
さて、今回の選挙で愚かな人たちは馬脚を現した。
小泉は「自民党の幹事長は応援に行くな」と武部のハゲオヤジに言っていたらしい(朝日新聞)。この言明によって小泉の化けの皮は完全に剥がれた(もっともとっくに剥がれていたけれど)。何故小泉はそのようなことを言ったのか。応援して、村井が負けたときのダメージを考えた、ということもあるが、実質上は長野の守旧派、「抵抗勢力(小泉が嫌いだったはずの)」が結集して支援した村井を「小泉自民党」が応援するということは、いうまでもなく小泉の「改革路線」からは大きく矛盾してしまうからだ。にもかかわらず自民党(長野の自民党県議団)は村井を応援した。それで「幹事長は行くな」というのは自らのエセ構造改革がバレないための単なる空虚なパフォーマンスであり、庶民を欺く最低の政治手法である。
そして田中康夫の県政をなにひとつ正確に放送しようとしないうんこマスメディア。その姿勢からは、記者クラブを廃止された怨恨を今こそ晴らしてやるぞ、といった卑劣な根性が透けて見えるのだ。「調整型」か「トップダウン型」か、といった偽の問題を設定し、田中康夫は独善的なトップダウン型だったから県民の支持が得られなかった、という。しかしそんなことは何一つとして問題ではないのだ。政治家にとって必要なのは政策の根本にある理念の正当性と、それを実行していく能力である。そもそも議会とはその正当性を争う場ではなかったか。そして田中康夫の理念の正当性は、二年前の再選挙で証明されていたではないか。にもかかわらず議会が反対するならば、「トップダウン」になるのは必然であり、それはむしろ民主主義の原則である。「調整型」というのは要するに事前に「根回し」をして、その場の利害関係を最優先し、結果として少数者である弱者を無視した政策を行う、ということにほかならない((*2)。そこにあるのは「公共性」などかけらも無い、単なる、くっさいオヤジ達の、くっさいオヤジ達による、くっさいオヤジ達のための利権構造の確立である。


*1 ここでは話をわかりやすくするためにイギリスを理想化して書いていることは言うまでもない。

*2 とはいえ「弱者」こそ自民党政権を支え続けてきた、という事実も否定できない。田中康夫自身、ポリー・トインビーという記者が書いた「ハードワーク」という本に言及(週間SPA!7/18号)している。そこには最低賃金で働く「下流」の人たちが、虐げられればられるほどブレア政権を応援してしまう現実が描かれていて、長野でもまたそれが実現された、という構図もあるかもしれない。