コント的なもの

スーツ姿の二人の男。Aはあぐらをかいて座っている。手には卓球のラケットを持っている。
Bは横向きで立ったまま折り紙で紙飛行機を折っている。Bは飛行機が完成するとAに飛ばさなければならない。自分の近くに紙飛行機が来たときAはラケットで叩く。


A「私の母は、ピンポンダッシュが得意でしてね」
B「奇遇ですね。私の母は、ピンポンダッシュが大の苦手でした」
A「それはお生憎さまで」
B「私の母は、ピンポンダッシュするとき、必ずドアが開いてから逃げ出すのです。ばっちり顔を見られた母の噂は、町内会を巻き込む黒い渦のようにひろまったといいます」
A「そういえば私も見たことがあります、あれはあなたの母だったんですか?」
B「‥私に聞かれてもね」
A「私の母は『絶対に見つからないピンポンダッシュ』をすることができる唯一の人間でした。それを近所の家庭に広めるため、教室を開いたんです。これが盛況でして。ある日、彼女はご近所のママたちを率いて、いっせいにピンポンダッシュを決行しました。今でもその様は、『武蔵関主婦の陣』として語り継がれています」
B「そうなんですか」
A「ええ、自慢の母でした」
B「‥もうこの話は終わりにしましょう」
A「わかりました」
沈黙。
B「静かですね」
A「私たちはみな、気まずい沈黙に耐えて生きていかねばならないのです」
若干の間。
B「髪、切りました?」
A「切ってません」
B「じゃあ、今度一緒に床屋に寄ってみませんか?」
A「床屋ですか」
B「ええ。私、人に髪を切られるのが好きなんです」
A「変態ですね」
B「はい。私は人に髪の毛を切られるのが好きなド変態です」
A「‥二度と私に話しかけないでください」
B「わかりました」
沈黙。その間も二人の行為は続いている。「ピンポーン」と、呼び出し音が鳴る。二人は反応せず、動作を続けたままである。
A「賭けをしましょう。今ピンポンを鳴らしたのは、あなたのお母さんか私のお母さんか?」
B「いいでしょう、では私は‥私のお母さんにボーナス全額賭けます」
A「私も、私のお母さんに全てを賭けます」
B「私のお母さんですか?」
A「私のお母さんです」
B「つまり私のお母さんですか?」
A「いいえ、私のお母さんです」
B「わかりました」
舞台の袖のほうへAが見に行く(この時Aの姿は客から見えない位置にいなければならない)。帰ってくる。
A「誰もいませんでした。私の勝ちですね」
B「そうとは限りません」
A「いえ、誰もいなかったということは私のお母さんだった、ということです」
B「なるほど、意味がわかりません」
A「母は絶対に誰にも見つからない最高のピンポンダッシャーでした。見つかったときは自決する覚悟でやっていたんです。そんな母が見つかるわけないでしょう」
B「しかしあなたの母と決まったわけではありません」
A「あんな速度で逃げられるのは、私の母に決まっています」
B「まだわかりません。もし次来たらすぐ出て確認できるよう、玄関のすぐ前にいてください。あなたの母は絶対に誰にも見つからないのでしょう?」
A「‥そうですか。わかりました」
呼び出し音。Aは鳴った瞬間にすぐに出る。
A「はい!‥だれもいない」
B「本当ですか?」
Bが確認しに来る。
A「どうです、誰もいないでしょう」
B「確かにそうですね。しかしあなたの母かどうかはわかりません。何かの故障か、偶然かもしれません」
A「これはまたナンセンスなことを」
B「もしかしたら私の母だったのに、貴方が嘘をついているのかもしれません。貴方は母を見たのですが、彼女は私が来る前に逃げたのです」
A「ほう、そういう屁理屈できますか」
B「それならば、今度鳴ったときは二人で出ませんか?」
A「‥いいでしょう」

「ピンポーン」
A・B「はい!‥だれもいない」
A「ほら見なさい、私のお母さんでしょう」
B「‥だれもいないじゃありませんか」
A「だれもいないからこそ、私のお母さんなのです」
B「そんなに人のボーナスが欲しいんですか?」
A「ええ、私が欲しいのはボーナスだけですから」
B「世の中は、お金が全てじゃありません」
A「私のお母さん以外にどんな理由があるのか、説明できるものならして欲しいですね」
B「もしかしたらあなたがベルに細工をしたのかもしれません」
A「誰の家だかもわからないのに、どうやって細工ができるんですか?」
B「そういわれると困りますね」
A「早くボーナスをください」(といいながら何かを受け取るように手を出す)
B「ボーナスを渡したら、床屋に毎日行けなくなってしまいます」
A「知りません」
Bの携帯電話が鳴る。
B「はい。え?‥ええ、はい。はい、はい。‥そうですか、わかりました」といい、電話を切る。
B「母が死んだそうです。すっかり忘れていましたが、母は危篤だったんです」
A「それはお生憎さまで‥」(といいながら何かを受け取るように手を出す)
B「今医者が言ってました。‥母は死ぬ間際、指でベルを押すしぐさをして、『ピンポン、ピンポン』とうわごとのように呟いていたようです」
A「なんですって‥」(といいながら何かを受け取るように手を出す)
B「最後に、誰にも見つからない、最高のピンポンダッシュを母はやってのけたのですよ」
若干の間。
B「‥もう、この話は終わりにしましょう」
A「‥わかりました」(といいながら何かを受け取るように手を出す)