今週のお題「秋を感じる瞬間」

松任谷由美の「春よ来い」には秋を感じる」と言いながら松ぼっくりを拾い続けているのは、私の夫のKだった。Kと私は、松ぼっくり採集業を営んで10年になる。何を隠そう、この仕事を始めるまで、私は松ぼっくりが苦手だった。それは子供の頃に遡る。子供の頃、私の家の裏は、林になっていた。そこに茂る銀杏の匂いと、枯葉の上に落ちている松ぼっくり。そういえばあれは秋だったのだ。その季節以外の記憶は、考えてみるとない。
ある時まで、松ぼっくりなどなんでもなかった。むしろ友達に投げつけたりして遊んでいたのだ。だが、何故か唐突に、松ぼっくりのあの突き出た笠の下から、虫が這い出してくるのではないか、とそんなことを私は思ったのだ。
それから私は松ぼっくりに触れなくなった。家族は松ぼっくりを恐れる私を見てからかった。何故か私は理由を言わなかった。
Kと結婚するときに、今後のことも考え、松ぼっくりが苦手である、と私ははっきりと言った。Kはそれを聞くと、自分の採集した松ぼっくりでいっぱいの倉庫に私を閉じ込めて、「克服しなければ結婚はできない」と言ってドアを閉めた。
閉じ込められて三日後、とうとう私は松ぼっくりをつまんで、手に持った。
今までの人生は、松ぼっくりが触れなくなってから、再び触れるようになるまでの過程に過ぎないような気がした。
「これで君と結婚することができる」と、倉庫にビデオカメラを配置し私の行動を監視していたKは、ドアを開けて私に微笑んだ。