今週のお題「この春、買ったもの、欲しいもの」

   いよいよ金のできた最初の日に、彼はペトローヴィッチと連れだって店へ出かけた。二人は非常に上等なラシャを買った。それもそのはずで、彼らはもう半年も前からそれについては考えに考えて、店へ値段をひやかしに行かなかった月はほとんどなかったくらいだからである。そのかわり、当のペトローヴィッチでさえ、これ以上のラシャ地はあるまいと言った。裏地にはキャラコを選んだが、これまた地質のよい丈夫なもので、ペトローヴィッチの言葉によれば、絹布よりも上等で、外見もずっと立派な、艶もいい品であった。貂皮(てん)はなるほど高価(たか)かったので買わなかったけれど、そのかわりに、店じゅうで一番上等の猫の毛皮を――遠目にはてっきり貂皮(てん)と見まがえそうな猫の毛皮を買った。
 ペトローヴィッチは、こうして集められた生地と毛皮を自分の裁縫室の床に並べ、「旦那、あっしの手にかかれば一ヶ月で仕立てて御覧に見せまさあ」と彼に言ったのだった。今から一ヶ月もすれば四月になるが、ロシアには春と呼ぶべき季節はほぼ無いに等しい―彼は北欧に旅行したときのことを思い出した。スウェーデン人が、「スウェーデンには二つの季節がある。冬と、次の冬だ」と冗談を言ったのを聞いた時、彼は「ロシアもそうだが、何か文句あるか」と内心思ったのだった。
 ともあれ、あと一ヶ月もすれば彼が望んでいたものが仕立て上げられて、彼の手に渡される。「早く、早く仕立て上げられないかなあ」と彼は呟いた。全くおかしな話ではあるが、その期待とともに、彼の癖であった貧乏ゆすりはひどくなっていった。まるで彼の膝だけが、子どものように、一ヶ月後に仕立て上げられるものを待ちきれない様子で、駄々をこねているようだった。
 日増しに彼の貧乏ゆすりはひどくなり、それは上司であるゴトリョートフに二、三の小言を言わせるようになった。しかし、注意を受けるようになっても、彼の貧乏ゆすりは一向に直らなかった。「だって膝が動くんだからしょうがないでしょうが」と彼は開き直った口調で言い、ゴトリョートフを怒らせた。「仕立て上げられるまで後二週間なんですよ。そうすればこの膝もきっと黙ることでしょう」と彼は続けた。
 とうとう、それが仕立て上げられる予定の日になり、彼は勇んでペトローヴィッチの仕事場に向かった。「仕立てあがったかい?」と彼は訪ねた。彼の膝はその時最早貧乏ゆすりというよりも、常に地面を蹴り続けているような状態になっていた。ペトローヴィッチはその様子を眺め、なにか深刻なものでも見るかのような目つきになったが、すぐに元の仏頂面に戻り、「はい、ここにちゃんとできてますぜ、旦那」と言って仕立てあがったものを手に持ち、彼に渡そうとした。その時だった、彼が両手で仕立て上げられたものを受け取ろうとするよりも早く、彼の膝がそれを奪って、扉から街路に疾走していった。
 「あっ、泥棒」と彼は思わず口走った。すぐさま扉の方に駆け寄ろうとしたが、膝がないため歩くことすらできなくなっていることを、哀れな彼はまだわかっていなかった。途端にその場に倒れこむことになり、彼は自分の膝が仕立て上げられたものを着て街路の遥か遠方に消えていくのを、見つめる事しかできなかった。
 「旦那、お勘定」とペトローヴィッチは彼の肩に手をかけて、そう言った。