やさしいウィトゲンシュタイン2

「親クラス子クラス孫クラス、親クラス子クラス孫クラス」
ラッセルはその太い眉毛まで真っ赤にしてぶつぶつ呟いていた。
それを見たチューリングは、「じゃ、僕はこれで失礼します」
と言って、さっさと研究室から引き上げていった。
ウィトゲンシュタインラッセルを正面から見つめながら口を開いた。
「私が罵倒の言葉を発した時、ラッセル先生はその対象として自分を意味していたと考える、という事実から得られるところの、私に興味のある帰結は、その際私がラッセル先生の像を見つめていたかどうか、私がラッセル先生を念頭に思い浮かべていたかどうか、私が先生の名を口にしたかどうか、等等、といった事とは、何の関係もありません。しかし他方、ある人が私に、罵倒はその対象の人を明確に思い浮かべるとき、或いは、その人の名前を大声で叫ぶとき、にのみ有効である、と説明するかもしれません。しかし人は、「問題は、罵倒する人がその対象の人を如何に意味するか、である」などとは言わないでしょう」
ヴィトゲンシュタインはさらに喋ろうとした。
「セオリー・オブ・ディスクリプション!」
ラッセルはウィトゲンシュタインにアッパーカットをくらわせた。ラッセルの背後に彗星が燦然と輝く。
ウィトゲンシュタインは吹っ飛んで、頭から研究室の堅い床に落っこちた。
「ア…アブラカタブラ…」
彼は口と頭から血を流しながら呟いた。
「他人は私の痛みを持つことができない、他人は他人の痛みを持ち、私は私の痛みを持つことが出来るのみである。では、どのような基準を満たす痛みが私の痛みなのか…?そしてこの場合、何が私の痛みの同一性の基準なのか…?ぐふっ」
そのままウィトゲンシュタインは気絶した。
ラッセル・アインシュタイン宣言…」
そう言ってバートランド・ラッセルは研究室に背を向けた。
(つづく)