こどもを背負った奥さん

こどもを背負った奥さんが、坂道を降っていた。
顔に白粉を塗りたくり、子守唄を歌いながら。
「私は公園デビューに失敗して、公園にはいられない存在になってしまったのです」
彼女は、ただの通りすがりの歩行者である僕に、弁解するように言ってきた。
「そのおかげでこうしてあてどなくこどもを背負い、街を歩き続けなければならない宿命と共に生きることになったのです」
「はあ、それは大変ですね」
奥さんはぼくの目を上目遣いに、じっと見つめてきた。
「わたしとこどもをつくってください」
突然奥さんは地面にしゃがみこみ、股を開いた。スカートの奥に白い下着が見えた。
「奥さん、それはできない。あなたは、あなたの旦那さんとこどもをおつくりなさい」
と僕は視線をそこから逸らせながら、言った。
「いいえ、私の夫は公園デビューに私が失敗したことを知ると、会社の女とどこかに行ってしまいました。もう一度公園デビューをするためにはこどもが必要なのです」
奥さんは足を上に上げて、「さあ、はやく」と言った。
「いいえ、駄目なのです」と僕は首を横に振る。
「僕には行き当たりばったりに出会った奥さんと交尾に及ぶことはできません。大体ここは野外ではないですか」
「そんなことはいいのです。あなたは私を見殺しにするつもりですか」
奥さんはそのままの格好でこちらに近づいてきた。僕は逃げた。
すると、彼女は股を広げた体勢のまま手と足をすごい速さで交互に動かし、「ひとごろし」と叫びながら追ってきた。
公園が見えた。僕はそこに逃げ込んだ。
見境が無くなった奥さんはうっかり公園の敷地内にそのまま入ってしまった。途端に全身から煙が噴出し、「ぎゃあー」という叫びと共に腕、足、肩、首などの体の各パーツがはずれて、地面に落ちたあと分解され気体となって空中に消えていった。
奥さんのしていた金のネックレスと、背負っていたこどもだけが、後に残った。


「それでわたしはおまえを拾い、今まで育ててきたのだよ」
「そんな…じゃあこれはお母さんの形見だったのね…」
娘は、自分の首にかけている金のネックレスを手に取った。
涙が、ひとしずく落ちて、金色に光った。