引き出しの中

引き出しの中に入っているアリの巣コロリを二丁もってきてください。そう言って彼は馬乗りになったままの態勢でドアから出て行った。「これは強力だぞお」と彼が叫ぶのを私はドア越しに聞いたのだった。西橋電器に洗濯機を買いに行ってからというもの、変になった弟は、今日も変だった。「そういえば昔、おじいちゃんも西橋電器に行ってから何かが変になったな」と言ったのは私のお父さんだった。
「アリ発見!処理、開始しまーす」と彼は言った。手に持っているのは二丁のマシンガンだった。こんなところでマシンガンをぶっ放されてはたまらない―私は洗濯機のスイッチを入れた。「ぶろろろろろろろ」と言って彼は回転し始めた。西橋電器に洗濯機を買いに行ってからというもの、弟は洗濯機と同一化してしまったのだ。「まるでおじいちゃんそっくりだな」と言ったのは私のお父さんだった。そうそう、おじいちゃんも、洗濯機が回るたびに自分も同速度で回ったものだよ、とお父さんは続けた。
そういう父も、何かの家電製品と同一化しているに違いない―私はそう睨んでいた。父もしょっちゅう西橋電器に通っているからだ。
私はその事を確かめるために、深夜一人で家中の家電製品を全て稼動させた。哀れな弟は寝ながら回転しているに違いない―だがそれもしょうがなかった。私の好奇心は全てに優先するからだ。騒々しさに父がおき、「良子、一体何をしているんだ!」と怒鳴りながら居間に来た。「馬鹿な、父は何とも同一化していないというのか?」と私はあせった。その瞬間、ブレーカーが落ちて、父がその場に崩れ落ちた。「父はブレーカーだったというのか‥まさに一家の大黒柱、といったところか」と私は一人で呟き、馬乗りになったままの態勢で家から出て行った。