運ばれ屋ケフィン

「運び屋に運ばれるのが俺の仕事さ」
運ばれ屋ケフィンはそう言った。
彼は体育座りの硬直した姿のまま、運び屋マフィンに運ばれるのだ。
ケフィンは自らの荷物としての役割に忠実だった。
運ばれている間は一言もしゃべらず、ただ体育すわりのポーズのまま運び屋の肩に乗る‥それが彼の人生だった。
「お届け物です」
マフィンは他人の家のベルを鳴らし、インターフォンに向かって言う。
「あらあら、ありがとうございます」
そう言って届け先の人間はケフィンの額に自分の名前を書いた。マフィンはケフィンを肩から降ろして届け先の人間に渡した。
「はい。確かに受け取りました」
「ではここにサインをお願いします」
「はい」
そう言って届け先の人間はケフィンの額に自分の名前を書いて、自分の肩に乗せた。しばらくの間があったあと、
「ではありがとうございました」
そう言ってマフィンは再びケフィンを肩に乗せて次の届け先に向かおうとした。しかしマフィンはふと気がついたように言った。
「あ、すいません、サインをもう一度おねがいします」
「あら、うっかりしてたわ。運ばれ屋には3回サインを書け‥‥それが古よりこの地に伝わる誓約ですものね」
「その通りです‥そしてそれを破ったものがどんな人生を過ごすことになるか、奥さんもよくご存知でしょう」
「ええ‥‥」
そう言ってマフィンはケフィンのほうを見た。奥さんもちらりとマフィンを見た。その視線には少しばかりの憐れみがあったという。
ケフィンは視線をすぐに逸らした。彼は話すことはできず、ただ相手から視線を逸らす事ぐらいしかできない(それが荷物に許される最低限度のコミュニケーションなのだ)。彼は体育座りをしたまま、再び運ばれるだろう。それが彼の人生だった。