やさしいウィトゲンシュタイン3

ウィトゲンシュタインと彼の学生であるフランシス・スキナーは、夜の公園を歩いていた。
「見てごらんスキナー君、流れ星だよ」
「流れ星が消える前に願い事を三回言えるようにしてください流れ星が消える前に願い事を三回言えるようにしてください流れ星が消える前に願い事を三回言えるようにしてください」
ウィトゲンシュタインはあまりの速度に驚愕した。
「先生、願いが叶いました!」
ウィトゲンシュタインはうつむいてぶつぶつ呟きはじめた。
「願望は、何がそれを満足させる、或いは、満足させるであろうということを、予め知っているように思われる。命題、或いは、思いは、何がそれを真とするかということを、たとえそれがここには全くないとしても、予め知っているかのように思われる。いまだここにはないものをこのように規定する事は、なにに由来するのか?このような専制的要求は、何に由来するのか?」
「先生、こういう時くらいは難しいことを考えるの止めましょうよ」
スキナーは鞄から花を取り出し、ウィトゲンシュタインに手渡した。
「ほら、先生にあげるために買ってきたんですよ。カサブランカです。オリエンタルハイブリッドと呼ばれるユリ科ユリ属の落葉多年草(球根)です。花弁は芳香があり、純白で大輪の花を咲かせるので、ユリの女王と称えられるユリ(百合)です。オリエンタルハイブリッドは、日本に自生するヤマユリ(山百合)とカノコユリ(鹿の子百合)等を交配して育種された百合の品種群に分類されます。僕この花好きなんですよ。白い中に橙の雄蕊だかなんだかがういているのがいいでしょう、これがきれいで。あと本当に白いし、この白さも好きなんです」
「私は君に、花を持ってきてくれ、といいはしたが、しかし私は、そのような私の言葉に応じるものとして、君にそのような満足の感情を与えるであろう花を持ってきてくれ、とは言いはしなかった」
スキナーは全く聞いていなかった。
「あっ、見てください先生。ケインズ先生がいらっしゃいます。」
ケインズも誰かと歩いていた。
彼はウィトゲンシュタインに気がつき、手を振った。

(つづく)