今週のお題「バージョンアップ」

 それはこういうことが考えられるからだよ。もう一度、ほとんど永遠に近いくらい永く生きた人間を想像してみよう。それこそ大変な老人になって、皺だらけで縮こまっているだろうけれどもさ。自分がこれだけ生きてきた人生で、本当に生きたしるしとしてなにがきざまれているか?そうやって一生懸命思い出そうとするならば、かれに思い浮かぶのはね、幾つかの、一瞬よりはいくらか長く続く間の光景なのじゃないか?そうしてその次には、「一瞬よりはいくらか長く続く間の光景」よりはいくらか長く続く間の光景が、かれにきざまれたしるしとして、かれの記憶に、静かに浮かび上がってくるのじゃないか?そうするとね、また次には、「一瞬よりはいくらか長く続く間の光景」よりはいくらか長く続く間の光景よりはいくらか長く続く間の光景が、老いた彼に、年輪のようにしてきざまれたそのしるしとして、またしても浮かび上がってくるのじゃないか?これを繰り返すうちに、自分の一生を思い返すことの方が、他ならぬ当の自分の一生じしんよりも長くかかる、ということにかれは気づくのじゃないかな。
 ―けれども、そう考えたからといって、僕としては、やはり八十年間生きる方が、十四年よりは望ましいと思いますねえ、とKは伸びのびといった。